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憲法と自衛権

教員コラム
2022.12.21
現代社会学科
中村 克明

 私はここ数年,「戦争の放棄」を定めた日本国憲法第9条の成立過程について研究していますが,最近気になっているのが,学者や研究者の中にも自分に都合のいい資料だけをピックアップして,独善的な議論をする人が少なくないということです。今日,憲法第9条は国家固有の自衛権を是認している,すなわち日本は自衛権を保有しているという解釈が政府や政党,憲法学界等で一般的になっています(ただし,憲法学界のそれは“武力なき自衛権”)。その理由はさまざまですが,代表的なものとしてGHQ最高司令官マッカーサーが示した憲法改正の必須要件,いわゆる「マッカーサー・ノート」にあった自衛戦争の放棄=自衛権の否認が,このノートに基づいて作成されたGHQ民政局の憲法草案=「総司令部案」第8条(「戦争ノ廃棄」)から削除されたことがあげられます。
 この修正をおこなったのは,民政局次長のケーディスでしたが,彼はこれについて「すべての国は自国を守る固有の権利を持っていると思いましたから,国が攻撃されたときに,自らを守る権利を否定するのは非現実的だと思いました」(塩田純『9条誕生:平和国家はこうして生まれた』岩波書店,2018,p.111)と述べています(ただし彼は,何人かの日本人からインタビューを受けていますが,その返答は必ずしも一貫していません)。またこの修正に関して,マッカーサーは特に何も発言しなかったとされます。つまりこれによって,当初の自衛戦争の放棄=自衛権の否認は否定されることになったというわけです。しかしこれを裏づける資料は,今のところみつかっていません。
 確かにケーディスが修正した第8条の第1項だけみれば,そのように解することもできるかもしれません。しかし第8条には第2項もあって,そこには「マッカーサー・ノート」と同様,“戦力の不保持”と“交戦権の否認”が明記されているのです。ということは,第8条はケーディスの修正にもかかわらず,全体としてみればやはり自衛戦争の放棄=自衛権の否認を規定しているということになります(この規定を引き継いだ現行憲法第9条も当然,そう解されることになるでしょう)。戦力(武力)を否認しておきながら,自衛権(その中核は,武力)が是認されるはずがないからです。したがってマッカーサーが,修正を認めたのは,第1項がどうであれ,第2項が“戦力の不保持”と“交戦権の否認”を存置している以上,第8条の意味,すなわち自衛戦争の放棄=自衛権の否認は何ら変わらないと判断したからであると思われます(もっとも憲法制定後まもなくして米ソ間の冷戦があらわになると,マッカーサーの考えも激変することになります)。
 ケーディスの修正によって,日本は自衛権を保持することになったと説くこの見解はまさしく,自説に都合のいい資料だけを用いて議論を展開する由々しき事例の典型例です。特定の意図を持った議論から真実を導き出すことはできません。客観的な資料を根拠とした厳正な議論が強く望まれるゆえんです。

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