社会学は、社会で起きている様々なことを分析できる装置です。「社会」というと、大きな話のように思えますが、社会学、実は私たちの日常にあるごく些細なことの分析も得意です。「社会」というのは人と人が関わる空間、社会学はそうしたあらゆる空間を、その大小にかかわらず取り扱うことができるからです。
そこで今回は、首都圏を中心に展開しているチェーン店の中華食堂“日高屋”さんを取りあげてみましょう。
順調に店舗を拡大する中華食堂・日高屋
最近、首都圏で中華食堂・日高屋をあちこちで見かけます。日高屋は2002年六本木で1号店を開店以来、順調に店舗数を拡大してきました。その特徴は様々な世代の客層が時刻とともに入れ替わりでやってくること。昼間はお年寄り、夕方はサラリーマン、その後は仲間や家族が。一人でやってくる女性も結構います。しかし、なぜ様々な世代の客が訪れるのでしょうか。
「近さ」が作る集客力、そして「短さ」と「安さ」
日高屋の戦略、それは徹底的に「近さ」を追求しているところにあります。事実、日高屋は駅近にあります。店舗数は現在、首都圏限定で400店舗を突破。しかも、そのほとんどは駅の前にあります。そして、それは「家から近い」ということでもあります。だから、お昼にはお年寄りがコミュニケーションの場所として、また夕方には一人者のサラリーマンが帰宅途中の夕食会場として、さらに夜には夫婦や仲間がチョイ呑み+食事処として身近に利用するようになっています。そう、日高屋は「あなたの街の駅前の、歩いて行ける”街中華兼なーんちゃって居酒屋”」なんです。
この近さ、実は心理的な面にも及んでいます。店のインテリア、味、メニュー、価格は全て統一。そして味も同じだから、初めての店でも安心して入れる。価格も安い。ビールや酎ハイに至っては260円で”爆安”。帰りには必ず大盛サービス券をもらえるのも店への親近感を感じさせる大きな要因です。この場合、近さは「身近さ」ということになります。
こうした近さ、実は「短さ」を加速するのにも一役買っている。メニューを手に取ってみてください。実は、あまり品数がない。定食に至ってはたったの七種類しかありません。さらによく見ると、メニューは食材を組み合わせた物が多い。酒の肴もメンマやチャーシューだったり。これら食材はすべて工場で生産、加工され、各店舗へ配送されています。だから、店のコックは半完成品をちょっと調理する、あるいは組み合わせるだけ。これがさほど技術も必要とせず、手早く、つまり短い時間で提供できる仕組みを可能にしているわけです。工場は埼玉県行田に一つのみ。店舗が首都圏の「近距離圏」にしかないので、どこの店舗も工場から迅速に調達できる。これもまた「近さ=距離、つまり時間の短さ」の強みになっています。
店の中も見てみましょう。テーブルは小さい。カウンター席もある。狭いテーブルは「長居はできない」という生理的な要求を人間に突きつけます。だから、顧客の滞在時間も短い。それは結果として顧客の回転の速さに繋がっています。加えて、駅前なので安価な労働力(学生バイトや留学生)を雇うのも簡単。だって、彼らは近所のアパートに住んでいるんですから。ここでは距離の近さが調理、客対応、労働者調達の短さに繋がっているわけです。こうした、いわば「からくり」によって、あらゆる過程を合理化することで、価格の安さと安定した供給、そして安心をつくりだしていることは、いうまでもありませんね。
日高屋、前途は洋々
コロナ禍で外食産業は経営難にあえいでいます。その典型はメディアでしばしライバル視されるチェーン店の幸楽苑です。立地は郊外、しかも全国展開。駐車場も必要なので大きな土地が必要。これらが、残念ながらコロナ禍においては極端なマイナスに作用しているのです。一方、日高屋は関東圏のみ、そして駅前=駅近なので駐車場も必要なく、さほど敷地も必要としません。それゆれ、被害を最小限に食い止めることに成功しています。現在、日高屋も赤字転落の状態ですが、このやり方を続けていけば、生き残ることは間違いないでしょう。そしてコロナ後にはさらに発展していくでしょう。もちろん、関東圏からエリアをジワジワと広げる「駅近戦略」で。実は日高屋、「今がチャンス」とばかり、駅前で閉店してしまったお店の場所を借り受けて新店舗を展開しようとさえしています。なかなか、したたかですね。
「あなたの駅の日高屋」、この戦略は強い!
というわけで、普段何気なく寄っている日高屋さんも社会学して見ると、思わぬ発見があることが、お気づきいただけたでしょうか?
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