社会学が標榜する科学的手続きの一つにアンケートがあります。言うまでもなく、ある事柄の是非などについて賛成、反対、意見などを問い合わせるものです。数字にモノを言わせるこの手法、一見、科学的に思えるのですが、実はかならずしもそうでもありません。今回はアンケートという科学の「あやしさ」について考えてみましょう。
【59%がオリンピック開催に反対?】
読売新聞(5月7〜9日)がオリンピック開催の是非についてアンケートを実施しました。その結果、「中止する」という回答は59%でした。
「そうか、やっぱり、一般人はオリンピック開催に否定的なのかな?でも、そうでもない人間が4割近くもいるんだ……」
回答の詳細は①中止する59%、②観客を入れずに開催する23%、②観客数を制限して開催する16%でした。(ちなみに共同通信(5月16〜17日)も同じ質問項目でアンケートを実施しましたが、ほぼ同数の結果を得ました)。
一般的に統計は無作為抽出、そして回収票数が多ければ多いほど正確と言われますが……しかしこの調査、どれだけたくさんアンケートを集めても、実は正確な答えにはならないのです。
なぜでしょう?
【統計調査で避けなければならない質問のスタイル①:回答を誘導すること】
問題は回答項目が三択である点です。後者二つ、つまり「観客を入れずに開催する」と「観客数を制限して開催する」が「やっぱり、やりたいですよね?」という誘導尋問になってしまっています。「やらない」が一つなのに、「やる」が二つなのは不公平(これが、もし「やらない」が一つであるのに対し、「やる」の選択肢が十個もあったらどうなるかを考えれば、これは容易に想像がつきますよね)。だから、回答する側は無意識のうちに「開催の方を選択するのがいいのかな?」と思うようになってしまうのです。
こうしたバイアスを避けるためには、選択肢はまず「開催する」「中止する」の二択にしなければなりません。こうすると誘導効果はなくなるので、おそらく「中止する」の割合は59%より高くなるでしょう。
もちろん、だからといって観客の有無についての質問項目を削除すべきといっているわけではありません。これは次に、サブクエスチョン(=メインの質問について詳細をたずねる質問)で「開催すると答えた方にお伺いします。その場合、どちらの方式を採用すべきだと思いますか?」とたずね、回答項目として「観客を入れずに開催する」と「観客数を制限して開催する」とを用意します。これが正確なやり方になります。
いや、ちょっと待ってください。これでも実はまだ不十分なんです。というのも、そもそもの選択肢の中に不足部分があるからです。たとえば「ハワイアンピザが好きですか」という質問があり、それに対する回答の選択肢が「好き」「嫌い」の二択だったらどうでしょう?当然、回答できない人が出てきます。「どちらでもない」と思った人が選ぶものがなくなってしまうからです。だから、これを追加する必要があります。
【統計調査で避けなければならない質問のスタイル②:ダブルバーレル】
さらに問題は「中止する」の方にもあります。中止の方法をどうするかについての選択肢を設けなければならないけれど、それがない。この「中止」という言葉は二つの解釈が可能です。一つは「延期」、つまり「今年は中止するけれど、いずれ(たとえば来年以降などに)開催する」、もう一つは「キャンセル」、つまり「開催そのものを取りやめる」で、「中止」ではどちらなのかわからない(これは統計では”ダブルバーレル(二連発銃)”と呼びます。一つの質問に二つの解釈が生まれてしまう状態です)。
【アンケートを修正すると、こうなる】
そこで、アンケートに科学性を持たせるためには次の手続きが必要になります。
1.あなたは東京オリンピックを開催するべきだと思いますか
→①する、②しない
(ここでは、意味が曖昧になる「中止」という言葉は使いません)
2.「する」と答えた方にお伺いします。開催方法はどちらを採用するべきですか
→①観客を入れずに開催する、②観客数を制限して開催する
3.「しない」と答えた方にお伺いします。その方法はどちらを採用するべきですか
→①来年以降等に延期、②キャンセル
で、こうすると、おそらく1の回答として「しない」はさらに増える可能性が高くなるでしょう。
【大手マスメディアだからといって、必ずしも信用できるわけではない】
マスメディアの大手、読売新聞と共同通信が両方ともこんな初歩的な間違いをして、その結果を堂々と公表している。ちょっと恐ろしいですね。
社会学はこうした欺瞞を打ち破る科学です。マスメディアの報道に「なんかおかしくない?」と思っているなら、その答を得たいと思ったなら、是非、社会学部の門を叩いてみてください。
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