カナダというと、カナディアンロッキーの景勝地の街ジャスパーや海辺のリゾート地バンクバーなど西海岸地域がよく知られている。だが、大西洋に面した東海岸の街をよく知る日本人は多くない。東海岸を代表するカナダの街がハリファックスである。カナダの歴史を学習した訳ではないので、側聞した範囲での話であるが、イギリス、フランスなどからの移民が盛んだった頃、移民者の多くはハリファックス港に上陸したとのことである。いわばヨーロッパからアメリカ大陸へ移民する人の玄関口だったようである。そのために当時は重要な港であったようで、この港を守るために街の高台と湾内にある小島に砲台を持つ要塞が今も残っている。入り江が多く、穏やかな海とマッチした歴史を残す30万人ほどの街である。
ルーシー・モンゴメリの作品である『赤毛のアン』はモンゴメリが少女時代を過ごしたプリンス・エドワード島(地元の人はPEIと呼ぶ)の生活を基に書かれたものである。『赤毛のアン』に興味を惹かれた日本人にはモンゴメリが過ごしたPEIを訪れ、必ずハリファックスに立ち寄る様である。
また、街から郊外に出ると、海辺に沿って漁師の住む寒村が点在する。ここで捕れるのは主としてロブスターやタラである。小さな漁村を訪ねると必ずロブスター・トラップと呼ばれる捕獲籠が漁師の家の周辺に山積みされている。ロブスターは夜行性であるため、入ったら出られない仕掛けにしてある籠に魚の切り身を取り付け、昼に海底に沈め、翌朝その籠を引き上げる漁法を用いている。我々が日本で食べるロブスターはハリファックス周辺の海域から水揚げされたものである。この様な漁村の一つにペギース・コーブがある。せり上がっているように見える群青色の海と周辺の灌木の緑と調和した景観に、今は多くの人が訪れ、観光地の様相を呈している。1998年9月、ニューヨークをジュネーブに向かって飛び立ったスイス航空のジェット旅客機が離陸後火災により操縦不能となり、ペギース・コーブの沖合に墜落した。
ペギース・コーブ周辺の漁民は船を出し懸命に救助に努めたようであるが、乗員・乗客229名全員が犠牲になった。地元民の救援の努力は実を結ばなかったが、一部の遺体、遺品などは引き上げられ、ハリファックスの病院に運ばれたとのことである。現在はペギース・コーブの小高い丘に犠牲者の慰霊碑が立っている。余談になるが、この飛行機はピカソの絵画など、美術品を積載しており、これらが二度と戻らぬことになってしまった。この様な背景が、ハリファックス、ペギース・コーブを知る人ぞ知る場所にしているかも知れない。
ハリファクス市を中心にしたカナダ東海岸の地 図(PEIはHalifaxの北にある。Charlottetown が中心となる街である) |
ハリファクス市全景と要塞(Citadel) |
海側から見たハリファックス市1 |
海側から見たハリファックス市2 |
ハリファックス市内街並み |
ハリファクス市近郊ペギース・コーブ |
ペギース・コーブの周辺 |
欧州から北米へ移民する人々の玄関港であったこの街に、1818年設立のカナダではもっとも古い大学と言われるダルハウジー大学がある。医学部はもちろん海洋学部までを持つ本格的総合大学である。その中に社会福祉を学ぶソーシャルワーク学部が70年以上前から存在する。
ダルハウジー大学 |
外から見ると歴史を持ち、穏やかな、こぢんまりとした平和そうに見えるこの街にも、社会福祉問題が世界のいずれの場にあるように、等しく存在するが、ハリファックス市を中心とした海辺の地域住民に、それぞれが抱える社会・生活問題に対応すべく地域密着型の専門職ソーシャルワーカー養成のために創設された。発足から50年以上、Maritime School of Social Work(海辺のソーシャルワーク学部<大学院修士課程>)と大学には珍しく人名ではなく、地理的情景と地域を表す風情のある形容詞を冠した大学院であった。8年前(2004年)からこの名前を取り去り、国際化に対応する様になった。地域貢献的ソーシャルワーカー養成教育から国家・国際貢献、国際連携研究へと方向転換したようである。その証左として、卒業生の継続教育、通信教育、国際連携研究が柱として立ち上げ力を入れている。その一つとして最新のソーシャルワーク研究テーマである“リジリエンス”を中心課題にし、著名な研究者を揃えた研究施設、リジリエンス研究所(Resilience Research Center)が併設されている。
この夏、時間を割いて、私はこの研究所を訪問した。研究内容、研究方法、研究領域などについて意見交換をした。日本のソーシャルワーク界ではリジリエンスの言葉さえ殆ど知らない状況である。これを日本の研究者に知ってもらう必要があると強く感じたことから、この研究所の研究員を本学に招請してリジリエンスの研究成果を伝える機会を持つべく、招待の打診をしたところ前向きの姿勢を示してくれた。カナダを離れ二週間後に招請を受け入れる旨の連絡を受けた。本年6月8日に開催する、文学部現代社会学科主催の国際講演会はこの様な背景で実現する運びとなった。この講演会が、本学の学生、教員、現場実習を受け入れている施設のワーカーの知識向上とスキルアップになることを、今から願っている次第である。