私の研究テーマの一つである日本の地域福祉実践にもっとも大きな影響を与えた理論は、マレー・G・ロスの「コミュニティ・オーガニゼーション統合化説」です。ロスの原書との出会いは私が大学3年生のときでした。また、それは私の大学院の授業や社会福祉協議会の実践における教科書でもありました。ロスは、スコットランド系カナダ人として、1910年にカナダ・シドニーで生まれ、2000年にトロントで逝去されています。地元では、ヨーク大学初代学長を務めた教育者として有名です。トロント市内の大きな通りの名前や大学本部ビルの名前にもなっていることからもその功績の大きさが分かります。
日本における地域福祉の方法論の研究において、ロス理論が適切に理解されてきたのかということについては、すくなからず疑問がありました。そこで、私は彼の研究と教育の足取りをたどるため、昨年秋カナダを訪れました。彼が所属した大学を訪れたのはもちろんであるが、教会、文書館、YMCAなど組織や昔の同僚・部下なども訪問し、インタビューや文献調査を行いました。彼が使用した大学の研究室はヨーク大学グレンドン・キャンパスに現在も保存されていました。壁にかかったロスの肖像を見ながら、彼の机に向かい、椅子に座ってみると、思わずタイムスリップしたような錯覚がしてきました。
しかし、もっとも印象深いのは、彼の息子のロブさんと教会を訪ね、お墓参りをし、その人柄や教育への情熱などについて話をお伺いしたことです。ロスは、まじめなクリスチャンであり、人生を楽しんだ人でした。家族を愛し、人を愛し、旅行を愛し、スポーツを愛しました。また、ワインとパイプ煙草を嗜んでいました。
ロブ・ロス氏とマレー・G・ロスのお墓の前で
カナダでの調査のなかで、新たに見えてきたことが多くありました。そこで、在外研究の成果を踏まえて、今年4月、『コミュニティ・オーガニゼーション統合化説―マレー・G・ロスとの対話』(関東学院大学出版会)を出版しました。これはロスの思想と理論を通して、現代の日本の地域福祉理論を探ろうとする試みでもあります。
『コミュニティ・オーガニゼーション統合化説―マレー・G・ロスとの対話』
(関東学院大学出版会)
(現代社会学科 山口 稔)