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明治初期の私擬憲法について

教員コラム
2020.12.09
現代社会学科
中村 克明


 私は明治期の初めに作成された憲法草案、いわゆる私擬憲法について、少々研究しています。明治の初頭ですから、まだ明治憲法(大日本帝国憲法)もありませんから、各人あるいは各団体が理想とする憲法案を次々に発表したのです。理想といっても、もちろん多くの人に受け入れられるようなものでなければなりませんから、これらは必ずしも各人や各団体の思想をそのまま反映したものとはいえません。この点は注意が必要です。
 さて私擬憲法は、90くらいあるようですが、その中でも民主的な憲法案として非常に有名なのが、植木枝盛の起草した「日本国国憲案」と、千葉卓三郎を中心として作成された「五日市憲法案」(正式名称「日本帝国憲法」)です。確かに、多くの歴史学者や憲法学者は、この2つの憲法案を高く評価しているようです。でも、私にはそんなにいいものにはみえません。私は、植木枝盛が大好きですし、また「五日市憲法案」も地域の学習会から生み出された“民衆憲法”として価値あるものであると思っています。しかし問題は、その内容です。
 というのは、「日本国国憲案」には非常時に人権を制限または停止する緊急権条項がありますし、他国の植民地支配に関する条項もあります。「日本国国憲案」というと、人権条項が徹底しているということで有名ですが、実は君主の権限も強大ですし、場合によっては人権の制限も許されます。また「五日市憲法案」も、人権条項は詳細ですが、それらは“法律の範囲内”で認められているにすぎず、軍隊の海外派兵=侵略戦争も合憲ですし、障がい者には政治的権限は一切与えられていません。もちろん、私は現在の時点からこの2つの憲法案をみていますから、明治憲法(あるいはそれ以前の法令)を基準として考えるならば、それより多少はましなところもあるかもしれません。しかし、とりわけ「五日市憲法案」が障がい者を露骨に差別していることには強い怒りをいだかざるをえません。どこが民主的な憲法案なのでしょうか。この2つの憲法案でさえ、このような代物にすぎないのですから、そのほかの私擬憲法は推して知るべしです。唯一、立志社(土佐にあった代表的地方政社)の「日本憲法見込案」が人権保障を同案制定の目的とし、君主の権限を抑え、国会に宣戦講和権を与えるなどしていますが、その「日本憲法見込案」でさえ、徴兵制(義務兵役制)を認め、地方自治に対する国家の干渉などを許しているのです。明治初期という歴史的限界を考慮したとしても、その内容は現在の我々にはとうてい理解しがたいものとなっています。
 日本史の教科書などには、私擬憲法に対するこのような問題点はまったく書かれていません。皆さんもどうか時間をみつけて、「五日市憲法案」や「日本国国憲案」などを一度読んでみてください。そうすれば、これらの私擬憲法を通して、明治という時代とその時代の人々の考え方が鮮明に浮かび上がってくると思います。それと現代とを比較してみるのも、皆さんにとって大切な勉強でしょう。
 
 
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