今年のゴールデンウイークは天候に恵まれました。その一日を利用して、福祉現場で働く本学のゼミの卒業生と一緒に、『ココ・ファーム・ワイナリー』を訪ねてきました。
栃木県の足利にあるこのワイナリーの歴史は今から50年以上前に遡ります。当時の特殊学級の教員だった川田昇氏が、知的障害のある人たちと共に、山の急斜面を利用して葡萄畑を開墾し、「こころみ学園」を開設したのが出発点です。今では2000年九州沖縄サミット、2008年洞爺湖サミットにおいて日本を代表する素晴らしいワインとして供されるレベルの製品を作り出すまでになりました。
「急斜面を開墾」と言いますが、実際にこの葡萄畑を自分の足で登ってみるとあまりの勾配の厳しさに息が切れ、中腹に立って下を見下ろせば転がり落ちそうな怖さを感じるほどです。この斜面を現在のような葡萄畑に成長させるには並々ならぬ苦労があったことでしょう。
ワイナリーでは、醸造工場と蔵を見学することができるツアーも実施しています。地下トンネルを利用した蔵の中は静かでひんやりとした空気に満たされており、熟成を待つスパークリングワインがたくさん収められています。
透明で繊細な味わいのスパークリングワインを造るためには、丁寧に、正確な斜度を保ってワインのビンを回転させ、澱を取り除く作業が必要になります。知的障害のある方たちの中には、一つのことにこだわるという障害の特性を活かし、この途方もなく根気の必要な作業を誰よりも上手にこなすことができる人たちがいます。そのように手間をかけて作り出されたワインは、口にすることで幸せになる味わいです。
最近では、食品に限らず衣服や日用品といったさまざまな製品について、単にコストだけではなく、どのような理念のもとにその製品が作られているのかを商品の選択の基準とする人たちが増えてきました。企業の社会的責任(CSR)という言葉が広く知られ、共感を得るようになってきたのもその一環です。情報化が進んだことによって、消費者が製品の詳細な情報を得やすくなっていることもこのような状況に影響しているでしょう。
自分の得意なことを生かして仕事をし、また社会にも貢献していく。これは障害の有無に関係なく誰でもそうありたいと願う生き方でしょう。しかし残念ながら現在の社会は、障害のある人がそのような生き方を選択するには、障害のない人に比べると困難な状況です。
この状況を変えるためには、どうしたらいいのでしょうか。もちろんボランティア活動や寄付といった直接的な働きかけも重要ですし、法制度の仕組みを考え直すことも必要です。しかしそれだけではなく、たとえばレストランに行ったとき、ワインリストの中から『農民ドライ』や『北海ケルナー』を選んで注文してみる。それだけでも社会が変わるきっかけになるかもしれません。
(現代社会学科 麦倉泰子)