教員紹介

社会学部教員コラム vol.24

2011.02.03 現代社会学科 細田 聡

うどんを茹でるのは難しい

ほとんど料理をしない私ですが、先日、気まぐれで台所に立ちました。というのも知人が「讃岐うどん」を贈ってくれたからです。うどんくらい茹でられると、パッケージ裏の説明書を読んで、「簡単、簡単」と鼻歌交じりで料理を始めました。

 

大きめの鍋を用意し、たっぷりのお湯を沸かし、そこに干からびたうどんを投入しました。何分茹でるのか見ると、15〜18分と書いてあります。随分アバウトだなと思いながらも、時折、箸でかき混ぜていました。薬味はチューブの生姜で良い、つゆは同封のものを使えば良い。何らトラブルは起こるはずはありませんでした。

 

さて、そろそろ茹であがる時間となりました。「なになに、冷水に10分さらすのか」。一旦、茹であがった熱々のうどんをザルにあけ、それから、水を張ったボウルの中に入れました。そして、テレビを見始めました。10分間もじっとしていられないと・・・。

 

突然、隣にいたカミさんが「何ボーっとしているの!」と文句をつけ始めたのです。何を言い出すのかと不審に思っていると、せっかく冷水にさらしているうどんをカミさんがゴシゴシしています。「10分冷水にさらせ、と書いてある」と私が言うと、「水洗いせよ、と書いてあるでしょ」とカミさんが言う。

 

そんなことはないはずだ。ちゃんと私は確かめた。裏の説明書を指さして「ほらっ『十分冷水に・・・』。・・・あっ!」。

 

私は間違っていました。「十分」は「10分」ではなく「充分」なんです。確かに横の絵の下に小さい字で「ザルに取り十分に水洗い・・・」と書いてありました。「いや、でも、こちらを読むと10分ともとれる」との言い訳に耳もかさず、「当たり前でしょ!」と言い放つ。「冷水でうどんのぬめりを取るのは!」。

 

味も分からず黙々と食べるしかありませんでした。この讃岐うどん、美味しいはずなんだけどな。

 

「十分」という漢字はややこしい。時間単位とも不足のない状態とも解釈できます。「あと五分もあれば十分だ」。こんな変な文もおかしくありません。しかし、ことの本質は「十分」という漢字にあるわけではなさそうです。

 

カミさんが勘違いをしないのは、もちろん、カミさんの料理の知識・経験のなせることです。この知識のおかげで説明書を間違いなく理解できます。一方、私はあまりにも知識がなさ過ぎました。知識が文脈の理解を促します。正しく理解できるのはそれに応じた知識があるからです。

 

「それでも」と思いたいのです。うどんの茹で方すら知らない人が世の中にいることをわかって欲しいと思います。説明書にはそんな人でも間違えないような優しさがあってもいいのではないでしょうか(「そんな理屈ばかり言ってないで、少しは家事を手伝いなさい」との声が聞こえたような・・・)。

 

うどんのパッケージ裏の説明 ↓

(現代社会学科 細田 聡)

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